4. 演奏旅行実施   [ 2004/11 ]

 最終的に参加者は、指揮者の中田氏以下25名となった。

 本隊は、11/17日(水)に日本を出発、日本時間の同23日(火)に帰国、というスケジュールであった。
  ただし、中田氏および事務局長は事前打合せ等のため1日前に出発し、また団員の中で遅れて出発せざるをえない4名は、18日(木)に出発・到着し、現地で合流となった。


 1. 日程(全行程)

 演奏旅行の全日程をこちらに示す。
 これは、実際にこなされた日程をそのまま記したもので、これが今回の演奏旅行の全行程となっている。

 今回は、特に旅行社の添乗は無く、札幌から羽田・成田経由での行程は全てメンバーのみで行動した。前回参加のポートランドプロジェクト団員が先導しながら、特に大きな障害も無く、無事ポートランド国際空港へ到着した。2004年6月より再開された成田-ポートランド直行便を利用し、快適かつ時間的にも効率的に移動ができた。

 中田氏および事務局長は、11/16にOPACO練習場を訪問、最終打合せをおこなうと共に中田氏の指揮でOPACO/OPAYCOのみでの練習を行った。

 なお、帰国行程についても、往路同様特に大きな問題も無く直行便にて成田へ到着し、チャーターバスで羽田へ移動、札幌へ戻った。

 残念なことに、当初から計画されていた、学校を訪問しての「スクールコンサート」は、学校側の事情で急遽中止となった。急な行事が予定されたため開催が難しくなったが別な学校と調整するには時間も無かった為、やむなくあきらめることとなった。


 2. 楽器運搬について

 今回は、厳重梱包し貨物室扱いとしたトロンボーン、チューバおよびチェロを除いて楽器は機内持込みとなった。

 また、楽器にかける保険は各自負担とした。

 一方、コントラバス、打楽器については、OPACO音楽監督C・ペティ女史のはからいでOPACO所有および彼女の勤務する高等学校所有の楽器を貸与いただいた。

 さらに、演奏会場への大型楽器運搬は、OPACO側ボランティアに委ねた。


 3. 公式行事

 今回の演奏旅行では、演奏会関係のスケジュール以外にも、さまざまな形で現地関係者との交流の場が設定された。

 そのうち、公式の主なものは以下のようであり、これらは主としてポートランド-札幌姉妹都市協会(PSSCA)、日本人商工会により設定されたものである。

 3-1.ポートランド市長表敬訪問      (11/16)

 指揮者の中田氏、姉妹都市協会のマーダイクス会長、中澤氏(伊藤組)及び札フィル事務局長伊東の4名でポートランド市役所にレオナルド副市長を訪問、歓談すると共に上田札幌市長からカッツ市長への親書をお渡しした。
 
 なお、すでに何度かお会いしているフィリス・オスター国際部長も同席されたが、カッツ市長は病気療養中とのことでお会いできなかった。
 副市長からは、カッツ市長から上田市長へのメッセージをお預かりし、帰国後お届けした。
 3-2.ロイヤルロザリアンによる歓迎式      (11/17)
 本隊到着の11月17日早朝、ポートランド国際空港到着ロビーには、白装束に白帽子、緑のガウンをまとった紳士が4名集まり札フィル本隊の到着を待っていた。
 
 彼らは、ポートランド市を公式訪問する個人、団体に対し、市としての歓迎の気持をあらわし、セレモニーをおこなう、ロザリアンという組織のメンバーで札フィル前回訪問時にも盛大に歓迎いただいた。
 
到着したメンバーに対し歓迎スピーチの後、団員ひとりひとりの胸に記念のバラのシールを貼ってくださり、団に対し歓迎の銘盤が贈られた。
 3-3.日本国総領事表敬訪問      (11/17)
 2年前の団員2名訪問の際、或いはその後折に触れお世話になってきた在ポートランド長井忠総領事のご招待で中田氏、事務局長及び団員2名が総領事公邸を訪問した。

 ご自分でフルートを本格的に演奏される長井総領事は、夕食後団員2名とトリオでフルートを演奏され、出席メンバーを楽しませてくださった。

 晩餐会には、我々のほか、OPACOのC・ペティ女史、マイケル事務局長、及びフィリスオスター国際部長、姉妹都市協会マーダイクス会長、中澤氏も招待され、夜遅くまで話がはずんだ。

 3-4.姉妹都市協会より歓迎の贈り物      (11/19)
 11/19の練習後、ポートランド-札幌姉妹都市協会(PSSCA)より、団員全員へ、歓迎の贈り物をいただいた。

 今回の演奏旅行では、ジョージ・マーダイクス会長、伊藤組・中澤氏を中心に計画当初より大変お世話になった。 ここで改めて感謝の気持ちを申し上げたい。

 PSSCAのご理解とご協力があったからこそ今回のプロジェクトが成功したといっても過言ではなく、そうした意味でも我々も今後さらに両市の間の交流にお役に立てればと再確認した次第である。

 また、そのほかにも、日通・木村氏、伊藤組・斉藤氏、さらにはカリフォルニアからかけつけていただいた元ポートランド在住原田亜古さんなど多くの方々にお世話になったことを記しておく。


 4. 練習

 4-1.OPACO/OPAYCO

 今回一緒に演奏したオレゴン・プロ・アルテ・チェンバー・オーケストラ(OPACO)、オレゴン・プロ・アルテ・ユース・チェンバー・オーケストラ(OPAYCO)は、共にポートランドを中心に活動を進めているアマチュアオーケストラ。両方のオーケストラの音楽監督をシンディ・ペティ女史が務めている。

 OPAYCOは青少年から成るOPACOの予備軍的なオーケストラであるが、今回の親善コンサートでもOPAYCOメンバーの若者がパートトップ奏者を務めるなど、相互交流も盛んで技術的にかなり高いメンバーがいるようである。

 普段はそれぞれで室内楽や小編成管弦楽曲を演奏し、年に何回か合同で大曲に挑むこともあり、活発な活動を続けている。

 4-2.練習会場
 合同練習は、OPACO/OPAYCOの定期練習場となっている、ホーナー・パフォーミング・アーツ・センターで行われたが、この施設が素晴らしいものであった。

 シンディ・ペティ女史が音楽教師として勤める私立のデビッドダグラス高校構内に個人の寄付で建設された施設で、内部にはオーケストラ練習が可能な大練習室が2部屋、さらに小編成或いは個人練習が可能なレッスン室が数部屋、さらには楽器庫、楽譜倉庫などなどとにかく充実していた。特に楽器保管は特製の固定棚を部屋のまわりに設置、鍵もかかるようになっており、きちっと整理されていた。また楽譜は分野別・作曲者別・編成別などで収納庫に保管されており、ライブラリとしての機能を十二分に果たすものであった。

 さらには、演奏会開催可能な小ホールが併設されており、たまたま高校生によるミュージカルの練習がおこなわれていた。

 なお、オーケストラメンバーは各自車で集まってきては週一回の練習に参加するとのことである。

 4-3.練習
 今回の練習は、昼間は札フィルのみ(個人・パート)での練習とし、夜は2日間にわたってOPACO/OPAYCOとの合同練習とした。

 11/18(木)は、各自昼間の練習後、夜OPACO練習場へ移動し、合同練習を行った。

 また、11/19(金)は、午後からOPACO練習場へ移動、札フィルメンバーのみでの練習に使用させていただき、弦楽アンサンブル練習そのほか、施設をフルに使った練習をおこなった後、夜の合同練習となった。

 札フィル側は、直前の札幌での定期演奏会での演奏曲目がほとんどであったこと、またOPACO/OPAYCO側も練習を重ねていた様子がうかがえ、音あわせは比較的スムースにいった。パート毎のシートなども札フィル側メンバー事情を考慮くださり、大きな混乱もなく決められた。

 先にも述べたように、当初より計画されてきた学校を訪問してのスクールコンサートが中止となったため、OPACO/OPAYCO側で、練習場(デビッドダグラス高校隣接)近隣の小学校に声をかけ、生徒及びその父兄が、2日間おこなわれる合同練習の会場を自由に見学(公開練習)できるようにした。

 2日間で約100名ほどの見学者があり、普段なかなか経験できないオーケストラの練習風景に見入っていた。

 こうして18,19両日、練習が進められ、演奏会にこぎつけられるところまで来た。

 練習に望む姿は日米変わらないが、米国側メンバーには、より楽しもう、より積極的に演奏しよう、という心意気が感じられた。

 4-4.交流
 合同練習に先立ち、札フィル側から、ささやかながら札幌みやげをお渡しし、今回の共演への感謝の気持ちを伝えた。
 
 札フィルメンバーはOPACO/OPAYCOメンバーと隣りあわせで演奏したが、練習がすすむにつれ音楽を通しての意思疎通がはかられ、ひとつの大きなオーケストラの一員という共通意識が広がった。

 2日目(11/19)の夜は、最後の通し練習をおこなった後、OPAYCOメンバーが中心となって準備いただいた歓迎のピザパーティを皆で楽しみ、夜遅くまで交流を深めた。

 さらに、その後、両オーケストラ有志30名ほどでダウンタウンのパブへ繰り出し、ポートランドの夜を楽しんだ。金管メンバーはすっかり意気投合し、明け方まで交流を深めた?とのことであった。

 5. 姉妹都市交流45周年記念親善コンサート     (11/21)
 いよいよ親善演奏会本番の日をむかえた。
 
 今回の演奏会場は、ポートランドでも老舗の「ガバナーホテル(Governor Hotel)」にあるボールルーム(舞踏会場)。最近新装成ったとのことで、大変装飾が美しく天井も高い美しいホールであった。

 実は、ポートランド市内には、シュニッツァホールという収容人員2,600名という、オレゴン交響楽団定期演奏会場となっている華麗なホールがあるが、それ以外には適度な収容人員のホールが無く、どうしてもホテル内の施設を使用するケースがしばしばあるとのこと。地理的にも便利であり、観客動員上も望ましいそうである。

 さて、ホールには前日から特製のステージが設置され、11/21は朝10:30からリハーサルがおこなわれた。音の響きも良く、ホール全体を包む雰囲気もなかなかのものであった。

 リハーサルは13:30すぎに終了、本番に向け、最後の準備が行われた。
 
 札フィルメンバーは徒歩5分程度のパラマウント・ホテルに宿泊していたため、リハ終了後、一旦ホテルへ戻り着替えてあらためてガバナーホテルへ向かうことが出来、大変便利であった。

 会場にはおよそ600の椅子が整然と並び、開場ととともにお客様が来場。15:00の開演前には用意された椅子が足りず、大急ぎで追加設置されたが、まだまだ客足は伸びていた。後できいた話だが、前売券はとうに売り切れていたとのこと。

 予定より5分あまり遅れて、演奏会は「市民のためのファンファーレ」でスタートした。会場の設備上もあり、特に開演ベルも舞台袖もなく、オープンな形でのスタートではあったが、なぜか心休まる良い雰囲気に包まれた。

 その後、OPACO/OPAYCOによる演奏がシンディペティ女史の指揮ですすめられたが、ホール後方で聴いている我々にも本当に迫力のある素晴らしい演奏が伝わってきた。

 そして、札フィル弦楽器奏者も加わって、「弦楽のためのアダージョ」が演奏され、指揮が中田氏にかわり、「だったん人の踊り」が披露された。

 この曲は管楽器奏者のソロ部分も聴きどころとなるエキゾチックな曲であるが、大変熱演だったこともあり、演奏が終わるや否や会場はスタンディングオベーションとなり大きな拍手をいただいた。

 その後約20分間の休憩となった。会場内ではリハーサルからご覧になっていた長井総領事をはじめ、フィリスオスター国際部長、姉妹都市協会のマーダイクス会長以下の役員の方々など多くの皆さんと接することが出来た。また、市民の方々がお褒めの言葉を数多くかけてくださった。

 後半は、「シェヘラザード」。OPACO/OPAYCOのコンサートマスターによる華麗なヴァイオリン独奏をまじえながら、中田氏の指揮で曲は進み、クライマックスを迎えた後、音楽物語は静かに終了。その途端、ここでもまた満場のスタンディングオベーションで会場内は興奮のるつぼと化した。

 満場の拍手に応え、中田氏の指揮で同氏編曲の「日本のうた」メドレーを演奏。童謡を中心とした心休まる日本のうたが続いた後、指揮はC・ペティ女史にかわり、バーンスタインの「ウエストサイド・ストーリー序曲」が演奏された。

 こうして2曲のアンコールに対しても盛大な拍手をいただき、演奏会は大成功のうちに終了した。


 6. レセプション     (11/21)

 演奏会終了後、直ちにガバナーホテル2階の宴会場で姉妹都市協会主催のレセプションが開催され、今回の演奏会関係者が数多く顔をそろえた。

 まず、マーダイクス会長が挨拶、その後長井総領事の乾杯、さらには両指揮者そしてフィリスオスター国際部長の挨拶がおこなわれ、その場で次々と握られる“スシ”を楽しみながら、両オーケストラメンバーの交流が続いた。

 そして、いよいよ今回のメンバーともお別れということで、最後まで別れを惜しみ、また写真を何回も撮りあう光景が続いた。
 さて、その後、あらかじめ予約していた日本食レストランで、今回のボランティアメンバーへの感謝も込め、札フィル演奏会打上げをおこなった。

 こうしてすべての行事が終了し、ホテルへ戻り、たくさんのおみやげと想い出をスーツケースに詰め込み、ポートランド最後の夜が更けていった。


 7. 観光

 今回の演奏旅行でも、当初から、演奏だけでなく観光の時間も考慮しつつ計画を立て親善演奏会前日の11/20(土)を一日自由行動日とし、各自ポートランドを楽しんだ。

 なお、そもそも11/17の本隊到着時は、朝が早かった(06:30着)ため、ホテルチェックインまでの間、コロンビア渓谷バス観光を楽しみ、マルトノーマの滝、さらにはポートランドの象徴でもあるマウントフッド中腹まで足を伸ばし、快晴の天気のもと、オレゴンの美しい自然を満喫することができた。

 さて、11/20の自由行動日には、ポートランド市内だけでなく、遠くはシアトル、さらにはカナダ・バンクーバーまで足を伸ばした団員もおり、充実した休日を過ごしたようである。
 ポートランドは、街並みも札幌に似て、気温もほぼ同じことから、団員がほとんど違和感を感じなかった点は、3年前の訪問時と全く同じであった。


 8. 帰国

 往路と同じく、ポートランド-成田直行便を利用することにより、市内を出発する時刻に余裕が出来た。

 朝8時すぎに全員でホテルからすぐの高速路面電車「MAX」乗り場へ。この時も、各自のスーツケース等大きな荷物は、日通・木村氏により、すべて同社のトラックにて空港まで運んでいただいた。

 MAXは、空港まで一本で行かれる大変便利な電車で、約40分で空港へ到着。当日別便で発った中田氏を見送った後、空港で待機いただいていた中澤氏のサポートもあり、順調に全員のチェックインが終了、最後のポートランドを空港内で楽しんだ後、帰国の途に着いた。

 こうして10時間後に無事成田空港に到着。チャーターバスの出迎えを受け、羽田へ移動し、夜の便で札幌へ。千歳空港で解散したのはポートランドを発った翌日の23日夜10時過ぎであった。

 足掛け2年がかりで準備してきた演奏旅行は、大きな事故もなく、たくさんの成果、想い出をみやげに無事終了した。

 なお、帰国後、関係機関を訪問し、演奏旅行成功のご報告と御礼を申しあげた。

 また、札幌市国際部には、あわせてカッツ市長からのメッセージをお届けした。


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